井上雅之
Paris Miki International SA
海外生活も今年で43年になる。パリとジュネーブで育ち現在はチューリッヒで生活している。
スイス最大の都市チューリッヒは経済の中心地であるにもかかわらず豊かな自然に恵まれた生活環境が整っており、ワークライフバランスの満足度が世界で最も高い街のひとつとして評価が高い。さらに交通ネットワークが非常に充実しているため、海外から訪れるビジネスマンや観光客たちの受け入れ態勢も万全であり、電車を利用すれば国際空港から市内までわずか10分でアクセスできてしまう。
人は優しく、街並みも清潔で美しいチューリッヒだが、その一昔前のイメージは最悪であった。なぜならば80年代、チューリッヒ中央駅に隣接したPlatzspitz公園は麻薬中毒者たちの聖地となっており、チューリッヒは「怖い街」だったからだ。実際にPlatzspitzでは麻薬の売買が自由に行われ、連日3000人以上のジャンキーたちが欧州中からショッピングに訪れていた。政府はジャンキーやドラッグ・ディーラーを一カ所に集めることで彼らの行動をコントロールしようと考えていたようだ。しかし実質無法地帯となった別名、針の公園(Needle Park)では犯罪が絶えず、市民から批判や抗議が相次いだ。この状況はPlatzspitzが一掃される1992年まで続いた。
スイスのフランス語圏で育った私にはドイツ語圏は遠い他国のような存在であった。それはスイスでは州によって言葉や食べ物、また文化や習慣だけでなく各種制度が異なるからだ。6年前に仕事の都合で移住することなり、当初は不安でいっぱいであったが、今ではチューリッヒの生活をエンジョイしている。
スイスでは住まいを探すときに意外と重要視されるのがカントン(州)とゲマインデ(市町村)の税制である。相続税や贈与税は夫婦・親子などの親族間ではほとんどのカントンでは無税、もしくは極めて低い税率が適用されるが、所得税と資産税の課税率、また課税方式は各自治体によって大きく異なる(所得に掛かる連邦税の最高税率は11・5%)。住む場所によって納税額が大幅に変わってくるので高収入世帯になればなるほど納税地のチョイスは重要だ。
チューリッヒ州では基本的にチューリッヒ市から離れれば離れるほど所得税が低くなるといわれているが、生活環境が整った中心街に住むか、または不便だけれども所得税・資産税が低い地区を優先するのか、悩ましい選択肢を迫られる。
また所得税が低いカントン・ゲマインデの不動産価格・賃貸料は需給と供給の関係上、割高になることもあるので、生活費、税金、そして生活環境を総合的に判断する必要がある。ちなみに私はジュネーブ市からチューリッヒ市に移住したとき、同収入額にもかかわらず納税額が大幅に下がったうえに健康・家財保険料まで下がった。