井上雅之
Paris Miki International SA

海外生活も今年で43年になる。パリとジュネーブで育ち、現在はチューリッヒで生活している。日本に帰国するとき、海外に住むわれわれの一番の楽しみはなんといっても食事である。帰国の一週間前から体重調整を行い、日本滞在に臨むのは私だけではないはずだ。最初の一食目はいつもラーメン・餃子(ぎょうざ)と決めているが、時差ボケにも負けず、調子がよいときには寿司(すし)を頂くこともある。

日本ほど美味(おい)しく、安全でバラエティーに富んだ食事を、こんなに低価で食べられる国はない。幸せである。しかし誰かがタダ働きをしているのではないかと心配になってしまう。

スイスは欧州のなかでも極めて物価が高いことで知られている。州によって多少の差はあるが、例えばジュネーブで友人たちとカジュアルランチを楽しむと30~35フラン(現在の為替レート1フラン165円で計算すると5000円~)、チューリッヒでは35~40フラン(6000円~)は覚悟しなければならない。日本では数百円から数万円、ランチには幅広い選択肢があるが、スイスでは「高い」か「すごく高い」かの2択しかない。しかし皆それなりの給料をもらっているからどうにかなる。

2020年度のスイスの月額所得中央値は6665フラン、さらにジュネーブ州では最低賃金(最低時給)がなんと23フラン、実に世界で最も高い最低賃金である。

当然、スイスにも貧富の格差はある。しかし、スイスは私が訪問した、また住んだ国のなかでは圧倒的に豊かな国である。治安、政治、経済状況は大変安定している。

多くの欧州の国々では移民問題を抱えているが、スイスは豊かな国であるからこそ、人種差別も他の欧州の国々と比べて少ないのだと思う。フランス、イタリア、またドイツなどとの国境沿いの州・街では交通渋滞や外国人労働者問題を巡り政治的対立があるのも事実である。しかし私は学生のときも、社会人になってからも、スイスで人種差別にあったことは一度もない。

パリに住んでいた頃は、たびたび嫌な思いをした。子供ながらに非常に傷ついたのを覚えている。フランス人の友人も、パリに住んでいたときは人種差別的な思考が自分のどこかにあったけれども、スイスに住むようになって考え方が変わったと言っている。心に余裕が持てるようになったからだと思う。

そして日本やフランスのような学歴社会ではないが、教育環境も極めて充実している。大学に進学しなくても、スイスでは決して不利ではない。それどころか高度な職業訓練教育を受けることによって若者たちは手に職を持ち、早くから社会活動に参加し活躍している。

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