税理士法人えがお 代表社員 税理士 田中寛之
税理士法人えがお(大阪府大阪市)は、中小企業経営者の心に寄り添うサービスが好評で、着実に成長を続けている会計事務所である。代表社員の田中寛之氏(写真)は、自動車ディーラーの営業マンだった経験を生かして、顧客の声をていねいに拾い、事務所のサービスを充実させることに取り組んできた。全顧問先の1割に提供しているという事業計画・経営計画支援サービスも、顧問先経営者の「心の声」に応えたものだという。本日の取材では田中氏に、開業から13年にわたり取り組んできた経営者支援の内容について伺った。
自動車セールスから会計事務所へ
―― 税理士法人えがおは、大阪府岸和田に拠点を構える税理士法人です。本日は、代表社員の田中先生に、これまでの取り組みについて伺います。まずは田中先生ご自身の足跡を教えてください。
田中 私は地元が岸和田で、大学も関西にキャンパスがある同志社大学へ進学しました。私は昔から、地元で行われるだんじりが大好きでした。そのため、転職がない企業に就職したいと考え、大学卒業後は大阪府外への転職がないトヨタカローラ南海という自動車ディーラーに入社しました。もちろん、職種は営業です。
―― 自動車の営業マンから税理士への転身を志したきっかけは何だったのですか。
田中 24歳くらいのころだったのですが、私は車を購入してくださったお客様のアフターフォローに伺いました。そのお客様がふと、法律に関する疑問をつぶやいたことがありました。私はその疑問を解決してお客様に喜んでいただこうと考え、いろいろ調べたうえで答えを提供しました。
ところが、そのお客様には回答した内容を信じてもらえませんでした。その理由が何だったのかははっきりしません。ただ当時の私は、「自動車のセールスマンが法律に関するアドバイスをしても、信頼してもらえないのかもしれない」と思いました。
そこで、どのようにすればお客様と短い時間で信頼関係を築くことができるのかと考えました。私は商学部を卒業していたので、そのときに「税理士の資格を取得すればよいのではないか」と考えたわけです。
―― 資格の勉強はどのようにされたのですか。
田中 仕事はそのまま続けながら、夜に難波の専門学校へ通って1科目ずつ取得していきました。私の職種は途中で営業から経理に変わったのですが、やはり勤務しながらの勉強は大変でした。ディーラーは休みが少なかったので、大阪市内の完全週休2日制の企業へ転職もしています。
さらに、最後の1年間はその会社も退職して勉強に専念しました。途中で挫折しかけて勉強を中断していた期間もありましたが、最終的には10年くらいかけて合格することができました。これが平成13年のことです。
画像を拡大
田中寛之(たなか・ひろゆき)
税理士法人えがお 代表社員。税理士・M&Aシニアエキスパート。昭和39年生まれ。大阪府出身。同志社大学商学部卒。大学卒業後は、トヨタカローラ南海株式会社に入社し、セールスを担当する。同社勤務時代に税理士を志し、平成15年に税理士試験に合格。会計事務所での2年の勤務を経て、平成17年に田中寛之税理士事務所を開業。平成26年、税理士法人えがおを設立、代表社員に就任。
顧客に喜ばれるために何をすればよいのか
―― 税理士試験に合格してから、会計事務所に勤務されたそうですね。