智創税理士法人盛岡事務所 代表社員 税理士 楢山直孝
昭和63年に設立した会計事務所を母体とする智創税理士法人盛岡事務所(岩手県盛岡市)は、極めてまれな成り立ちで税理士法人化を実施した事務所だ。創業者で先代の楢山直樹氏は、会計事務所ネットワーク「智創クラブ」に長年参加。自身の事務所の事業承継の必要性を感じていた楢山氏は、智創クラブに参加する有志6名と智創税理士法人を設立。他の事務所と共同会計の形で税理士法人を運営している。事務所は盛岡事務所のほかに、群馬事務所(群馬県高崎市)、大阪中央事務所(大阪市中央区)、大阪東事務所(大阪市東区)、広島事務所(広島県世羅町)と全国に5カ所あり、それぞれが地域に根ざして活動し、お互いの協力も積極的に行う体制だ。本稿では、亡くなった楢山直樹氏の長男であり、智創税理士法人盛岡事務所を承継した楢山直孝氏に事務所の歩みについてお話を伺った。
会計事務所が大切にすべきは「人」
―― 智創税理士法人盛岡事務所は、岩手県盛岡市で長年活動している会計事務所です。もともとは個人事務所としてスタートした同事務所ですが、2年前に珍しい方法で税理士法人化をされました。
本日は智創税理士法人盛岡事務所の代表社員税理士である楢山直孝氏にお話を伺います。まずは事務所の足跡をお聞かせいただけますか。
楢山 智創税理士法人盛岡事務所は亡くなった私の父が創業した事務所が母体です。平成29年でちょうど30周年を迎えました。
父はそもそも歯科医を志していました。しかし、いくつか大学を受験した結果、合格したのは明治大学の経営学部だけだったのです。父は仮面浪人の道を選び、在学しながら受験勉強をして、歯学部に入り直そうとしました。
―― 税理士を目指したきっかけは何だったのでしょうか。
楢山 初めて受けた講義で、隣の席に座った学友に「僕は税理士になりたいのだけれど、一緒に税理士を目指さないか」と誘われたそうです。「そのとき初めて税理士という職業を知った」という話を父から聞いています。
しかし、そのまま税理士を目指したわけではありませんでした。大学卒業後、父は岩手医科大学の企画法人課に就職しました。